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予定日より4ヶ月も早く産まれた娘
体重はたったの550グラム

第8回:長瀬恵子氏

長瀬恵子さん長瀬:予定では、出産の6月までとにかく仕事を頑張ろうと思っていたんです。でも、実は予定日より4ヶ月も早く2月に出産したんです。しかも赤ちゃんが、未熟児の中でも非常に小さく産まれてしまったので、赤ちゃんが入院しなくてはいけなかった。

高田:それは大変でしたね。

長瀬:実は、子供は550グラムで産まれたんです。

高田:えー、そんなに小さかったんですか?!

長瀬:そうなんです。ですから、もう生きるか、死ぬかの状態でしたね。

高田:びっくりしました! 550グラムとは、本当に小さく産まれたんですね。

長瀬:そうですね。帝王切開だったんですが、「おめでとうございます!」と言われても、ハムの塊程度だったんです。「わー、私こんなの産んじゃってどうしようー……」って思いましたね。

高田:びっくりしたでしょうね。

長瀬:叔父が小児科医でしたので、いつも相談していました。出産後もすぐに電話したんです。

高田:ご親戚の方がドクターだと心強いですね。

長瀬:叔父に、「550グラムしかなかった……。」と告げました。叔父からは、「いやー、恵子さん、500グラムは厳しいよ……。せめて700か800グラムはないと」との返答だったんです。

高田:それはショックでしたでしょうね。

長瀬:はい、本当にショックでした。赤ちゃんにとっては、産まれるまで母体の中にいるのが一番いいらしいですよ。ですから、入院している間、先生はとにかく1日でも長く赤ちゃんを母体の中にいてもらおうといろいろ手を尽くしてくださいました。でも陣痛がきてしまったんです。

高田:では、産まれてから、赤ちゃんはすぐに入院したんですね。

長瀬:そうです。体中チューブにつながれて声もだせません。とにかく毎日母乳を絞って、病院へ届けました。病院はそれを冷凍保存して、チューブを使って飲ませていました。 1日8回でしたので、昼間はここの職場でも母乳を絞りました。その際は、上司に少しの間はずしてもらうなどして……。(笑)

高田:でも不思議なものですね。お母さんの体は、赤ちゃんを産んで、母乳を出そうと体自体も必至につくりだそうとするんですね。

長瀬:とにかく1日8回も絞らないといけないんですが、癖をつけないとなかなかでないものなんです。子供が目の前にいないので、自分1人でやらないといけない。それが大変でしたね。

病院のセンター長さんに言われた大きな一言
「赤ちゃんは赤ちゃんで頑張っているんだから、とにかく仕事を続けなさい。」

長瀬:病院(子供医療センター)のセンター長は女性でした。産後、入院してまだメソメソしていたときに、心配してくれてよく見に来てくださったんです。そのセンター長さんに、「大変だけど、赤ちゃんは赤ちゃんで頑張っているんだから、とにかく仕事を続けない。」と言われたんです。一時期は仕事のことなんて、一切考えられませんでした。でも、「仕事は続けなさい!」、と言われて、何かふと、「そっか!」と思ったんです。

今考えてみると、もしかして赤ちゃんがダメになっちゃうかもしれない、と思って言ってくれたのかな?とかいろんな思いがあるんですが、それでも、そのお言葉はありがたかったですね。

高田:そのセンター長の一言は大きかったんですね。

長瀬:はい、大きかったですね。赤ちゃんは産まれてから、一度体重が落ちるんです。だから、「とにかく500を切らないように!」祈りましたね。 1グラムでも多いように、501グラム、502グラムと必死でした。それを600グラム、700グラムにしていくまでは、本当に長く感じました。「もうダメかもしれない・・」とか、「重い障害が残るかもしれない・・」とか、1~2か月ぐらいは仕事をしつつ、ずっと心配で頭から離れませんでした。

高田:生死を彷徨い毎日かなり気がかりだったと思います。でも、病院に行っても傍らで見ていることしかできない。できることは、母乳を毎日届けること。精神的にも大変な時期だったでしょうね。

長瀬:そうですね。ですが、4ヶ月を過ぎ、落ち着いてからは、野球観戦や仕事以外の外出などして気分転換をしていました。

高田:引き継いだばかりの作業と同時に、労務士として一番忙しい時期も重なり、変な意味そのお仕事で気が紛れたこともあったのでしょうかね?

長瀬:そうですね。今考えるとそうだったんだと思います。

高田:いろんな悩みとか、心配事がちょっと緩和されたのかもしれませんね。

長瀬:そうですね、結果論としてそうだったんだと思います。2月に産まれてすぐ入院し、8月に退院したんです。

高田:その頃はどのぐらいに大きくなっていたんですか?

長瀬:3,500グラムでした。。

高田:では、ようやく通常の出産時の赤ちゃんの体重ぐらいになったんですね。もともと6月が出産予定日でしたからね。

長瀬:そうですね。

頑張った小さな生命
同じように大変な思いをしているお母さんたちに私の体験談を話したい

高田:でも、お子さんは頑張りましたねー、本当に。

長瀬:そうなんですよ、よく頑張ったな~と思いますね。

高田:わかるようになったら、教えてあげるといいですね。「小さいとき、あなたはこ~んなに頑張ったのよ!」、と。

長瀬:ああ、そうですね。それはいいですね。4年前のことなので忘れてましたけど、久しぶりに思い出しました。あと、同じように大変な思いをしているお母さんたちにそういうお話をしてあげたい。少しでもお母さんたちの励みになるといいな、と思いますね。

高田:それは素晴らしいことですね! そういうお母さんたちは、「自分を責めてしまう!」とよく聞きますから……。

長瀬:そうですね。私もそうでしたから。原因は母体だったり、赤ちゃんだったり、それぞれ疾患があってそうなる場合もある。でも、私や娘のように頑張って大丈夫なケースもあるんです。

高田:なんか、長瀬さんはこれまでの体験談を軽くすらすら~とお話されていますが、本当は大変なことだったんですよね!

長瀬:ああ、そうですね。もう過ぎてしまったことなので。(笑) お陰さまで、子供も小粒ですが、元気になり今は4歳なんです。

高田:それは本当によかった! ママも子供も全く障害が残らず、元気にいられるのは本当によかったですね。生命の力はすごいです。

長瀬:はい。そういう親子さんもたくさんいて、お友達になりましたし、今でも仲良くしています。

高田:これは仕事とは別に、長瀬さんの体験談をぜひママさんたちに伝えていって欲しいですね。

長瀬:はい、これは本当に今後のライフワークで何かやっていけたらと思っています。

(前半終わり)

後半について

後半は、社労士のお仕事のこと、今後の展開、また子育てと仕事の両立に関しておうかがいしました。女性へのアドバイスもいただきましたので、お楽しみに!

#2008年7月13日更新:対談の後半をアップしました。こちらからどうぞ

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